福岡県

いにしえの栄養補給食『はらふと餅』とは

はらふとは「腹太」と書く。ひとつで満腹になるほどボリュームがあるという意味で、またの名を「大腹餅」転じて大福餅になったという説がある。もともとは日本全国にあった食べ物で、餡子を薄皮で包んだ丸っこい形という点で共通している(参考:なぜか平べったい竹田市のはらふと餅)。江戸時代に長崎街道の宿場町として栄えた原田宿名物の『はらふと餅』も、やはり大変に大きくて食べ応えのある物だったようだ。


▲▼はらふと餅屋の店先と原田宿(筑紫野市歴史博物館所蔵『田嶋外伝浜千鳥』)


明治になって新しい交通が整備されるまで、現在の筑紫野市と小郡市、佐賀県三養基郡基山町の境界線には、「三国峠」という険しい山道が立ちふさがっていた。三国とはつまり、筑前・筑後・肥前のことだ。長崎街道を旅する者は必ず通らなければならない難所で、手前の原田宿で腹ごしらえをし、山越えに備える必要があった。そこで名物として売り出されたのが、ひとつ食べれば腹が膨れる「はらふと餅」というわけだ。


▲はらふと餅を搗いたとされる花崗岩をくり抜いた石臼(筑紫野市原田 伯東寺)


▲明治時代の国道敷設と九州鉄道の開通により、大きく切り崩されてしまった三国峠。僅かに残る丘もフェンスで囲われ、現在は立ち入ることができない。頂には今も三国の境界を示す石柱が立つ。

残念ながら明治4年に宿場が廃止され、原田宿の名物はらふと餅も途絶えて久しい。そこに注目したのが、朝倉街道駅近くの和菓子舗『筑紫野 松庵』の店主、在津和行さんだ。小学校教諭だった知人の協力を得て、原田宿名物はらふと餅の再現に取り組んだ。ところが、これがなかなか一筋縄ではいかなかったようだ。

江戸時代中期から幕末にかけて刊行されていた川柳句集『誹風柳多留』に「ぼた餅をはらぶとにして手におへず(ぼた餅をはらふと餅のサイズにしたら、大きすぎて食べきれなかった)」という句がある。一般に、はらふと餅は大きいことが特徴だが、肝心の味がどのようだったかを示した資料は存在しない。通説では塩餡が用いられていたとされているが、これもさしたる根拠はない。塩餡というのは、塩で味付けした小豆餡、もしくは小豆本来の甘みを引き出す為に、少量の塩を加えた餡子のことだ。甘い餡子自体は既にあったものの、当時はまだ砂糖が貴重品であり、おいそれと庶民が口にできるものではなかった。しかし、長崎街道といえば当時は砂糖の運搬経路でもあった。海外から長崎出島に持ち込まれ、北九州小倉を経て大阪、江戸へと続く道は、シルクロードになぞらえてシュガーロードと名付けられ、近年になって再認識されつつある。他の地方に較べれば、おこぼれを得るのは容易だったかもしれない。

塩を含んだ小豆餡は日持ちが悪く、旅の携行食には適さない。味も良いとは言えず、名物になるかと問われれば疑問が生じる。在津さんは資料を読み漁り、独自の仮説を立て、時に地元の郷土史家と論を戦わせながら製作に取り組んだ。現在、松庵の店頭に並んでいるはらふと餅は、在津さんの熱意と執念の産物だ。
ちなみに、原田宿ではらふと餅屋を営んでいた方の子孫は今も健在で、原田宿名物が復刻された噂を聞きつけて訪ねてきてくれたそう。つまり苦労の甲斐あって、本家本元のお墨付きを得たというわけだ。


▲『筑紫野 松庵』のはらふと餅。商品化にあたって、やや小ぶりになっている。甘さを抑えた餡子がとても上品で、その名に反して2つ3つペロリと食べられる。


▲▼おすすめは、はらふと餅だけではない。京和菓子のお店だけあって、松庵のショーケースには雅びた意匠の和菓子が並ぶ。


余談だが、はらふと餅をラップに包んで冷凍しておき、のちにレンジで解凍して食べたところ、あまりの熱さに火傷しそうになった。餡子がボール状になっているため、皮の部分が冷めても中心部分がマントルのように煮えたぎっていた。その危険度たるや大福餅の比ではないので、加熱の際は重々注意されたい。

「腹ぶとを一口くって頬を焼き」(『誹風柳多留』)

▼筑紫野 松庵
福岡県筑紫野市針摺西2-7-5(地図を表示する
092-925-0135
月~土 9時~19時
日・祝日 9時~15時
月1回日曜日(不定休)
西鉄大牟田線朝倉街道駅から徒歩1分
http://syouan.web.fc2.com/index.html

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