筑紫野市にて創業以来、22年に渡って営業してきたとんかつ屋『澤かつ』が6月20日をもって閉店する。もっと早く巡り会っておきたかった。何度も足を運んでおきたかった。しかし、もはや後の祭りだ。
▲ロースカツ定食。とんかつのサイズは大中小と選べる。大で160グラムは拍子抜けする大きさかもしれないが、ここは肉自体ではなく胃袋の大きさに当てはめるのが正しい。満腹にならないことを前提で、隙間はとんかつから滲み出す幸福感で満たすのだ。
▲エビフライがこれまた旨い。夜のメニューはこの2つによって構成されている。これもきっと自信の表れだ。
以前から、記事にしたい店のリストに挙げていた。今まで着手しなかったのは、面倒な手順を踏まなくても、いつでも書ける自信があったからだ。美味しいという評判は耳にしていた。筑紫野市では三指に含まれるとも。下知識をつけるべくインターネットで検索して確信した。なにせ材料の宝庫なのだ。
情報サイトやブログの情報をかいつまんで書くとこうなる。
「『澤かつ』の店主はイギリスで調理師として働いていた経歴を持つ。帰国後に大阪のとんかつ屋で修業を積んだ。とんかつに使われる衣には、石釜で焼いたパンの粉を使用している。肉は柔らかい国産豚を使用し、高温の油で一気に揚げる。香ばしく歯触りの良い衣と、口の中に溢れるジューシーな肉汁は、肉と衣と油の絶妙な組み合わせなくして成しえない」
もうこの時点で、記事の雛形は8割方でき上がったようなものだ。あとは料理の画像を確保して、あらかじめ用意した質問に対する回答を、カッコの中に当てはめればいい。ひさびさの楽な仕事になるはずだった。
閉店間際に店を訪れたにもかかわらず、まだ先客がいた。店内に満ちている微妙な空気に、この時点では気付いていなかった。愁嘆場というほどには湿っぽくないけれど、お葬式が終わったあとの食事会のような悲喜こもごもが漂っている。それに気付いたのは、取材を申し込もうとした矢先だ。食事を終えた客が、レジで別れを惜しむように店主と長話をしていた。もしや・・・悪い予感は当たった。壁にかかったホワイトボードには、品書と共に「閉店」の文字が・・・。
実はこのパターン、今回で2度目なのだ。厄年は明けたはずなのだけれど、一向に運気が回復しないのは、後厄のお参りの時に賽銭をケチったからかもしれない。落ち込んでいても仕方がない。まだ閉店情報として記事にする手が残っている。
店主の野澤さんは「閉店を告知する記事を書きたい」という僕の提案を快く承諾してくださった。以下、取材によって知り得たことを、今後の戒めの為に包み隠さず書くことにする。ただ一つ間違いなかったのは『澤かつ』の豚カツが評判に違わぬ旨さだったということだけだ。
「実は土地の持ち主から立ち退きを迫られてまして、条件の折り合いがついたので店を畳むことにしました」
店を移転する予定はないのですか。
「歳のせいか、一度に大勢のお客さんが入ってくると、混乱するようになりました。次にやるとしたら、今よりずっと小さな店になるでしょう」
聞くところによると、最初はイギリスで調理師をしておられたとか。
「それはどこで聞いたんですか」
失敬、インターネットで調べました。
「私は確かにイギリスにおりましたが、当時はサービス(ウェイター)を担当していたので、調理師の経験はありません。包丁を握ったのもこの店が初めてです」
では、大阪で修行をなさったというのは・・・
「フランスで知り合った友人が、大阪でとんかつ屋をすると言うので、くっついていって作り方を教わりました。大阪にいたのは、ほんの短い期間ですよ」
そうだったんですか。じゃあ、石釜で焼いたパン粉云々というのは・・・
「それは本当です。石釜で焼いたパン粉を業者から買ってます。他のとんかつ屋も同じものを使ってるんじゃないかな」
だいぶ尾ひれがついてますね
「申し訳ないですが、私が書いたわけではないので、お詫びも訂正もしようがないんです」
「今はゆっくりしたい」と野澤さん。今後どうするかは、まだ未定だそうだ。しかし、悠々自適な生活にもいつかは飽きるに決まっているので、また店を始めるでしょうとのこと。次はランチタイムが終わったら昼寝ができるような、のんびりした店にしたいとも言っておられた。
ネットの情報を鵜呑みにして、下取材を怠った。その反省の意味でも、新しい店がオープンした暁には、まっさきに僕が取材させていただきます。意気込む僕に、野澤さんは笑って言った。
「次の店も、この近所になると思います。いつになるか、どこになるかは未定です。探さなくてもわかりますよ。誰かが勝手にインターネットに書くでしょうから」
▼澤かつ
筑紫野市二日市中央4-9-30
092-929-3382
昼 11時30分~14時30分
夜 17時30分~20時30分
月曜定休
駐車場あり
西鉄大牟田線二日市駅から徒歩3分
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