福岡県

川湯の歴史浪漫『武蔵寺と二日市温泉』展


4月29日、筑紫野市では武蔵寺を中心とした『藤まつり』にあわせて、二日市温泉一帯を会場に『おんせんアート』と銘打った催しが行われる。そのプレイベントとして26日に行われた『川湯の歴史浪漫 川湯探検』に参加した。

僕が筑紫野市に移り住んで15年になる。その内、最初の5年ほどは湯町で暮らしていたのだが、お恥ずかしながら二日市温泉の歴史をほとんど知らなかった。かつては栄華を誇っていたと聞いてはいたけれど、同じ福岡県の原鶴温泉、大分県の別府や湯布院、熊本の黒川温泉などに比べると、面積も狭くひなびた印象があったせいだ。しかし、今回のイベント参加によって、確実に見方が変わった。ここでは、そのほんの一部を紹介する。


▲二日市温泉の歴史について教えてくださった、筑紫野市歴史博物館キュレーターの早瀬遼子さん。若い娘さんらしからぬ饒舌な語り口とユーモアが印象的だった。甘い物が得意ではないらしい。辛党とまでは言わなかったけれど、そこはかとなく飲兵衛のにおいがする。


▲『武蔵寺縁起絵巻』より。奈良時代の川湯の光景。

二日市温泉の歴史は古く、はるか奈良時代にまで遡る。『万葉集』には太宰府赴任中に妻を亡くした大伴旅人の「湯の原に 鳴く芦田鶴は わがごとく 妹に恋ふれや 時わかず鳴く」という和歌が収められている。この湯の原というのが二日市温泉のことだ。
また『竹取物語』にも二日市温泉を指す箇所がある。かぐや姫に求婚する5人の皇子の1人に車持皇子(くらもちのみこ)という人物がいる。その車持皇子が婚姻の条件として蓬莱の珠の枝を要求され、仕事を休む言い訳に使ったのが、ここ二日市温泉の湯治だそうだ。温泉旅行が奈良時代の官僚の公休として認められていた。人間ドックとリフレッシュ休暇が合わさった感じだろうか。当然ながら、当時は新幹線も高速道路もない。牛車に揺られて奈良の平城京から筑紫野へ湯浴みにくるわけで、ちょっと信じられないような話だ。


▲車持皇子が登場する一節。ジブリ映画「かぐや姫の物語」では、橋爪功が声をあてていた。


▲江戸時代に黒田藩専用の温泉であった『御前湯』は今もその名が残る。



▲二日市温泉がまだ武蔵温泉と呼ばれていた頃の地図。真ん中を流れている鷺田川に温泉が自噴していた。90歳以上のお年寄りの中には、実際に川湯に入った記憶のある方がおられるそうだ。
▼古来より「吹田の湯」「薬師温泉」「武蔵温泉」と呼び名を変えながら、昭和25年には現在の二日市温泉になった。鷺田川の川湯自体は、昭和7年の水害によって消失し、この頃にはすっかり暗渠になっている。



▲▼イベント後半では、実際に暗渠となっている鷺田川へと入って川湯の痕跡を探った。


武蔵寺と開湯にまつわる伝説、黒田藩との関係、鷺田川が暗渠となった理由など、二日市温泉に関するエピソードをここで紹介するのはやぶさかでない。しかし、少しでも興味を持たれた方にはぜひ、実際に二日市へと足を運んでいただきたい。筑紫野市歴史博物館では4月25日から6月21日の期間、『武蔵寺と二日市温泉』と題して企画展を行っている。

▼筑紫野市歴史博物館
福岡県筑紫野市二日市南1-9-1(地図を表示する
092-922-1911
開館時間 9時~18時
休館日 月曜日(祝日の場合は開館)、年末年始
入館料 無料

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