福岡県

母の小言と息子の背中『江戸東京そば 源』


▲庭に佇むカッパは知る人ぞ知る「遍ろ亭」の作。

でき過ぎていて信じられないかもしれないが、僕の見たままを書く。一切誇張はしていない。
5月の半ば、2度目に『江戸東京そば 源』(地図を表示する)を訪れた時のことだ。半月ぶりの下取材だった。手打ち蕎麦は往々にして高くつくので、僕の安月給ではそうそう続けて食べに行けないのだ。午後3時まで営業のところ、あえて2時を回ってから店に出向いた。いつものように他の客が先にひけたのを見計らって取材を申し込み、その場で店主から話を聞こうと考えていた。


ところが、思わぬハプニングがあった。店の一番奥のテーブルで、五十がらみの着飾った女性が、何ごとかヒステリックにまくし立てていた。その隣には、やけにすました顔の十代後半くらいの女の子。それから向かいの席には、大きな体を哀れなほどに縮こまらせている青年が、所在無さげに座っていた。
聞き耳をたてるまでもなく、会話は筒抜けだ。状況はすぐにわかった。僕にも少なからず心当たりがある。大学生になって一人暮らしを始めた息子と、生活の乱れを心配して押しかけた母親、野次馬根性でついてきた妹の図だ。実際に目の当たりにして、予想通りの暮らしぶりが母親の逆鱗に触れたのだろう。
ときどき息子が消え入りそうな声で言い訳し、その卑屈な態度が繰言を加速させた。さらに妹が無責任な合の手をいれるせいで、店内はますます喧しく、とても落ち着いて食事ができる雰囲気ではなくなっていた。

▲▼蕎麦は蒸篭ともう1品の2品1セット(1400円)で供される。1枚の量は物足りないほど少なめだ。




▲すべて石臼挽き自家製粉の十割だが、そばがらを挽き込んだ粗碾き(1000円)のみ二八蕎麦。

その母親の繰り言が劇的に止まった。蕎麦を運んできた賄いの女性から、味が落ちるので早く食べるように促され、不承不承といった顔つきで箸を手に取った。そして一口たぐった瞬間だ。あらっとでもいうように動きを止め、給仕を終えて立ち去ろうとしている店員を呼び止めた。
「ちょっと、これ十割なの?」
賄いの女性の顔は完全に引きつっていた。その気持ちはわからないでもない。
「十割です」
「ほんとに?」
「はい」
「なにもツナギを使ってないの?」
「使ってません」
そこから先は予想だにしていない展開が待っていた。満面の笑顔で次から次に蕎麦をたぐる母親と、黙って口を動かす息子。納得のいかない面もちの妹。

親子から目が離せず、蕎麦を味わうことすら忘れていた。その上、肝心の取材許可も貰い忘れて、狐につままれたような気分で店を後にした。息子に関しては自業自得だと思う反面、若かりし頃の自分に置き換えて、なにやら非常にいたたまれない気分になりもした。たしかに傍迷惑な親子ではあったけれど、あの母親の豹変ぶりは源の十割蕎麦が非凡だという証明でもある。これを記事にしない手はない。しおれた息子の背中を思い出して、一声労ってやりたくなった。


ようやく記事にする許可を取り付けたのは、それからさらに1ヶ月後、3度目の訪問時だ。当初の予定通り、他の客が帰ったところを見計らって店主から話をうかがった。最初の下取材から足掛け三ヶ月だ。もう次の給料日までは待てない。なんとしてもその日のうちに、十割らしからぬコシの強さの秘密を持ち帰るつもりでいた。
取材は終始、和やかな雰囲気で行われた。ただし、店主の放った一言を除けば。

「蕎麦は茹でたてが命です。お客さんにはすぐに食べるように言います。それでも箸をつけないときは、怒鳴りつけてでも食べさせます」

強い口調に思わず店主の顔を見返した。穏やかな表情こそ崩さぬものの、目が笑っていない。冗談を言っているわけではなさそうだ。
「うちの蕎麦は少ないでしょう。女性でもツルっと入る量です。逆に言えば、そのくらいの時間で食べきって欲しいんです」
では、そうまでして早く食べさせたい理由はなんだろう。茹でたてが一番美味しいからというだけでは説得力がない。


▲試しに3等分して、3分ごとにつゆに漬けずに食べてみた。3分が経過した時点で、すでに見た目にも瑞々しさが失われ、表面がでこぼこしてきているのがわかる。時間とともに、急速に味や舌触り、香りが失われていく。

時間が経てば麺が伸びるのは当たり前だけれど、この変化は予想の範疇を超えていた。おいしさを最大限に引き出すために、食べどきを短時間に凝縮しているわけだ。蕎麦を打った経験のない僕にハッキリしたことは言えないけれど、きっと高い技術が必要なのに違いない。


▲ゆっくり会話を楽しみながら食事をしたい場合は、そば懐石(前日までに予約 2500円)や、そば屋の玉子焼き(700円)がある。そちらをどうぞ。

▼江戸東京そば 源
福岡県筑紫野市古賀695-2
092-923-6923
昼 11時30分〜15時
夜 18時〜20時
火曜定休
駐車場あり
JR鹿児島本線天拝山駅より徒歩15分

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