福岡県

菅原道真はなぜ山に登ったか


▲筑紫野市のシンボルにしてヒーリングスポット、天拝山を紹介する。

天拝山は筑紫野市の二日市温泉に近い、標高257mほどの低山だ。頂上に至る所要時間もしれている。登山道が整備されていることもあって、脚力に自信のある人なら、ものの30分ほどで山頂に辿り着くだろう。登山客は早朝から引きも切らない。通勤通学の途中で立ち寄る者もいれば、ジョギング姿で駆け上がっていく者、クラウチングポジションでスタートを切るアスリート風の人もいる。低い山だからこそ、自分にあわせたペース配分を選択できる。もちろん一般の登山客がほとんどなので、まわりに迷惑をかけないようにしなくてはならない。
山頂に至るルートは数通りある。それぞれに特徴が豊かなのだけれど、今回は軽装で登れる「開運の道」を歩いてみた。


▲ここがスタート地点。

開運の道の8割は緩やかなスロープだ。登山をするという実感はわかない。合目ごとに菅原道真(この人物については太宰府天満宮公式サイトの該当ページ
ご覧いただきたい)の歌碑が立てられているほか、周りに生えている植物を紹介している案内板などもある。季節によって変わる景観を楽しみながら、フィールドワークのつもりで散策してみるのがいい。


▲「つらいことが夢になってしまう世であったならば、どんなにか嬉しいことであろうか」道真の境遇を思えば当たり前だけれど、開運の道という名称とは裏腹に、歌碑は悲壮感の漂うものばかりだ。それでも前に差し掛かるたび足を止め、静かに想いを馳せると、少しずつ心情の変化があったようにも思える。


▲▼登山道沿いには、藤やシャクナゲの名所があり、季節になると見事な花を咲かせる。見頃は4月の下旬からだ。


そもそもこの「天拝山」という名前は、昌泰4年(901年)に無実の罪を着せられて太宰府へ左遷された菅原道真が、この山に毎日登って天を拝んだという伝説からきている。この続きは語る人によってまちまちで、天を拝んで「我が身を憂いた」だったり、「己の潔白を訴えた」だったり、「国の安寧を祈った」だったりもする。どの説に重きを置くかで道真の人となりが大きく左右される。あるいは、想う人の数だけ道真像があるのかもしれない。
子供の頃に、有名な道真の和歌「東風吹かば/匂いおこせよ/梅の花/主なしとて/春な忘れそ」と共に、この天拝山の由来を教えられた。悲劇の主人公である道真を慈しむ一方で、なにか引っかかるものをも植えつけられた。

なぜ道真は山に登ったのか。
「毎日登り続けることが大切なんだ」と大人たちは口を揃えて言う。仮に僕が道真なら、毎日反省文を書いて先生に提出するだろう(そういう子供だったのだ)、低い身分から右大臣にまで出世した優秀な人物が、ただ嘆いてばかりいたとは思えない。他にすべきことは幾らでもあるはずなのに、この人はなぜ毎日山に登ったのか。
学校の授業で歴史を習い始め、色々な物事がわかってくると、小賢しい理由をつけて理解した気になった。そもそも山には登らなかなったという説や、それどころか住居から一歩も外に出なかったという話もある。それらを引き合いに出して、伝説などそんなものだと高を括ったこともあった。しかし、本当に道真の気持ちが理解できたような気がするのは、もっとずっと大人になってからだ。



8合目を越えると傾斜はずっと急になり、どこまでも続くような木組の階段が現れる。山登りはこれからが本番だ。今でこそ緑豊かな天拝山だけれど、これは江戸時代に植樹されたからで、もともとはススキしか生えていなかったそうだ。道というような道もなかっただろうし、頂上まで辿り着くには難渋を極めたに違いない。

足元を見つめながら黙々と足を動かしていると、いつしか雑念が晴れ、しこりが僅かに小さくなっているのに気付く。つらい事を一時でも忘れるために山に登るというステロタイプに当てはめるには、天拝山はあまりに低すぎる。途端に陳腐になってしまう。しかし、数歩先に道真の後ろ姿をイメージすると、なにやら少しだけ救われたような気がしてくるのは確かだ。道真は信じた人に裏切られ、流されたこの地で幼い子供を病で失った。彼より深い悲しみを抱いてこの山に登った者はいないのだから。



9合目から続く急な上り坂を越えれば、ゴールは目と鼻の先だ。頂上には小さな社があり、そこで眼下に臨む広大な大地と向き合う。

▼天拝山(天拝山歴史自然公園まで)
福岡県筑紫野市武蔵天拝山(地図を表示する
JR二日市駅より徒歩15分
西鉄紫駅より徒歩15分
西鉄バス二日市温泉バス停より徒歩7分
駐車場あり

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